鳴嶋メルトを微強化した推しの子二次を書こうとして断念した話
- 2023/05/11
- 21:00
「……」
鳴嶋メルトはスマホの画面をオフにして枕の脇に放り投げると自身もベッドに寝転がり腕で目元を隠す。
彼が出演するドラマ「今日は甘口で(通称:今日あま)」の感想をエゴサしていたのだが評価はそこまで悪くない(期待値を下げて視聴したら思ったより良かった、という旨の感想が大多数だったが)
それでもメルトの表情は晴れない。
「つまらない」という直球な批判より彼の心を抉るのは「原作と何か違う」「こんなキャラだったっけ?」という困惑混じりの意見。
(分かってんだよ、俺のせいだって)
メルトは歯軋りする。
一年前。
鳴嶋メルトの本業は読者モデルだが事務所の方針でドラマに出演する事になった。事務所に深い意図はなかったのだろう。仕事が取れたからスケジュールの調整がつく所属タレントに割り振った。ただそれだけ。
しかしそれがメルトにとって大きな転機になる。
メルトの役割は端役だったが、そこで「本物」の役者の熱演に圧倒された。
大声を張り上げたり激しい動きがあった訳ではない。むしろその逆。どこまでも静かなシーンだった。
にもかかわらず僅かな表情の変化や息遣い、小さな仕草(そして当時のメルトでは気付く事の出来ない技術もあっただろう)によって登場人物の心情がありありと突きつけられた。
台詞がないモブとはいえ一応出演者だったメルトは役者の演技に惹き付けられ、あの瞬間一人の観客になっていた。
それ以来メルトは演技に興味を持った。
自由に使える時間は少なかったが、学業や仕事の合間に演技に関する本を読み、ドラマや映画の印象に残った演技をメモし、事務所と伝手のある劇団のワークショップに参加する。
そうして彼なりに演技を研いていた矢先に「今日あま」出演のオファーが来たのだ。嬉しかった。
実力ではなく顔で選ばれたのだとしてもこれまでの努力──今になっては思い上がりも甚だしいが──を発揮出来る機会が与えられた事に。
共演者は子役上がりの有馬かな以外あまり熱心ではないのが残念だったが、それでもメルトは自分にやれる精一杯の演技をして……そして公開された1話を見て絶望した。
なにしろそこに映っていたのは心を閉ざしたヒロインを救う筈のヒーローがおんぶにだっこされている姿だったのだから。
その原因はヒーロー役の鳴嶋メルトとヒロイン役の有馬かなの演技にあった。
といっても有馬かなに非はない。彼女は他の出演者との撮影ではそつのない、悪く言えば無難な演技をする。しかしそれは原作のヒロインのイメージに合致している。
だが、そこに中途半端に演技を齧ったメルトが混じると悪目立ちしてしまう。
メインキャラクターだから目立っても問題なしとはいかず、低空飛行ながらも演者のレベルが安定していて「このドラマはそういうもの」という心構えだった視聴者を混乱させる異物。それが鳴嶋メルトだった。
彼一人だったならドラマの内容より画面内のチグハグさが先行して酷い作品になっていたに違いない。だがそうはならなかった。
有馬かながフォローに回っていたからだ。
長年この業界で生き抜いてきた彼女にはメルトを主演として良い意味で際立たせるだけの技術があった。彼女のサポートのお陰でそれなりに観れるドラマに仕上がったものの、代償として未熟なヒーローを守るヒロインという原作とは異なったイメージを視聴者に与えていた。
元々全6話に収めるべく改変の多いドラマであり、はなから原作とは別物として観ていた視聴者の中には「青臭い雰囲気も好き」という意見もあったが、原作を読み込んで演じていた「つもり」のメルトにはなんの慰めにもならない。
(もっと上手くなってから出たかった)
何度オーディションを受けてもちょい役すら貰えない役者が無数にいる世界であまりに贅沢な意見だが、それがメルトの偽らざる気持ちだった。
一度撮影現場に見学に訪れた原作者、吉祥寺頼子先生の何か言いたげな表情が脳裏をよぎる。
分野は違えど表現者として高みにいる彼女である。メルトの空回り具合は一目で分かっただろう。
それでも無言だったのは言ってもどうにもならないという諦めか。
(くそ……っ!)
撮影はもう最終回を残すばかり。
せめて最後だけは視聴者を満足させる演技がしたい。だが土壇場で成長するというのは天才のみに許される特権で凡人であるメルトには望むべくもない。焦って過去最低の演技をするのがオチだ。
(それでもやるしかねぇ……)
正直言って演じるのは怖い。それでも演じる事さえ放棄してしまえばもう二度と役者を名乗れない気がした。
暗闇に囚われたメルト。彼を照らす星は見えない。
今は、まだ。
そしてアクアと出会ったり東京ブレイドに出たり読モ特有のシャウトをした後で今日あまの続編が持ち上がったので美味いカレーを作って死ぬべく脚本家の青坂アオとぶつかりながらも奮闘する、という話を書こうとしたんだけど、よくよく考えなくても演技の事を何も知らないし文章で表現出来る気もしないので断念。
【推しの子】二次でガチな演技描写が楽しみたい人はハーメルンの「星をなくした子」を読もう!
……思えば自分はアクタージュの時も「ノット・アクターズ」には敵わないと掲示板形式でお茶を濁し、少女☆歌劇 レヴュースタァライトの時も口上を書けないし映像美と音響と外連味ある演出を小説には落とし込めないとAI作バナナ夢小説に逃げ、そして今回も諦めたので本当に学習しない。
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