勘違い系毒親魔女プロスペラさん！

「プロスペラ！　あんたスレッタをどうするつもり！？」

「素直で良い子でしょ？」

　いささか素直すぎるけどね。激昂する娘の花嫁に胸のうちを悟られないようにプロスペラは仮面の内側に本心を隠す。

　ミオリネ・レンブランはプロスペラが成功体験でスレッタを洗脳したと考えている。プロスペラにそのような意図が皆無だったとは言わないが、今のスレッタの状態は結果論に依る所が大きい。

　水星は熟練の作業員でも一瞬の判断ミスで死亡する過酷な環境である。子供であるならそのリスクは更に跳ね上がる。

　故に言いつけにはきちんと従うように躾る必要があった。特に混乱する事故現場では複数の上位者から矛盾した指示が出る事も珍しくないのでそんな時は母の言葉を最優先にするよう仕向けた（そもそもの話、当初は余所者扱いされていた母娘である。スレッタが頼れる大人はプロスペラしかいなかった）

　そうしてスレッタは母の言いつけに従った事で水星で受け入れられアスティカシア学園でも仲間に恵まれた訳だが、なんという事はない。母の言う通りにしたから上手くいったのではない。

　上手くいかなければ死んでいたというだけの話。一種の生存バイアスと言えるかもしれない。

　スレッタとミオリネの関係が拗れたプラント・クエタの一件（プロスペラは伝聞でしか把握していないが）も無関係……とまでは言わないが能動的にスレッタの人間性に介入したかと問われれば否である。

　デリングとの協力関係（裏切る事が前提だが）を築けた以上、本来の想定ではアスティカシア内でスレッタの役割は完結していた筈だったのだ。

　彼女に殺人をさせる予定などなかったし、大事な娘"達"がテロに巻き込まれると分かっていたらプラントには決して行かせなかった。

　スレッタに「大切な人を守る為の殺人は肯定される」という認識を刷り込んだのはプロスペラ自身であるが、直前の様子から殺人への恐怖は拭いきれないだろうと思っていた。

　まさか殺人への忌避感をミオリネを守れた達成感であっさり塗り替えるなんて。そこまで極端から極端に振り切れるとは神ならぬプロスペラには予想出来る筈がない。死が身近だった水星育ちの弊害だろうか。

　逆に言えば言葉巧みに誘導しなければ本人の意に沿わない事をやらせるのは難しい。それだけの自我はスレッタにもある。

　これから様々な事を経験して視野を広げれば遠からずプロスペラの元から離れるかもしれない。

　別段それでもプロスペラは構わない。自立と対立は同義ではないし、最終的にパーメットスコア8に到達するなら自由にしてくれていい。

　水星から送り出した際も定期的に決闘さえしてくれるなら学園生活を謳歌すれば良いと思っていた（エアリアルがガンダムである事を教えずに過ごさせればいずれトラブルから決闘になるだろうという目算だったが、転校初日に決闘を行ってホルダーになったのはプロスペラにとっても慮外だった）

「健気な花嫁様ね。じゃあ協力してくれる？」

　だがそれらの内心をミオリネに伝える事はしない。

　スレッタが完全に自分の支配下にあると思わせた方がこれからの交渉が有利に進むから。

「出来るわ。だって、あなたはデリング・レンブランの、血塗られた娘ですもの」

　それに──結局のところプロスペラはスレッタの状態を知りつつ操り人形として利用した。人殺しの輪の中に取り込んだ。

　今更弁明し、共感や赦しを得ようとするほど恥知らずではない。

　たとえ──

『逃げたら一つ、進めば二つ』

『聞いて、スレッタ。注射から逃げたら、注射はしなくてすむよね』

　発端が純粋な善意だったとしても。