伝奇物ではなくバトルヒロイン……と思わせて実はこのすば二次
- 2021/11/06
- 14:26
デフォルト
「はっ! はっ! はっ! はっ!」
人気のない夜の街を全力疾走する。
肺は裂けそうに痛み、心臓は爆発しそうだが止まる訳にはいかない。
きっかけは些細な好奇心だった。同じクラスの気になる女子、最近転校してきた逢麻怜子さんが夜な夜な繁華街を出歩いているという噂。
口さがない同級生は援助交際でもしてるんじゃないかと囁いた。それを信じた訳ではない。信じた訳ではないが気になって夜の街に繰り出してみた。
怜子さんは美人だから嫉妬した女子が流した誹謗中傷だろう。だから「とんだ無駄足だったな」と笑って今日を終える。そのつもりだった。
なのに――
「なんだ! なんだよあの怪物は!」
首だけ後ろに向ける。
夜の暗闇の中、異形の姿が忽然と浮かび上がった。全長は五メートル近くあるだろうか? 全身を青黒い鱗で覆い、鉤爪のある手足には水かきが付いている。そして頭部には巨大な角。
あれこそが噂の『鬼』だ。
俺は確信する。
逢魔時に現れ人を喰らう魔物。
伝承では人語を操るとも聞くが、目の前にいるそれは言葉を発する様子はない。
だが俺もただ逃げているだけでは駄目だ。
このままでは追いつかれる。そうなれば殺される。
覚悟を決めて立ち止まり振り返った。
「こっちだ化け物!」
叫んで走り出す。
一瞬、相手は戸惑うような素振りを見せたがすぐに追ってきた。
速い! 巨体からは想像できない速さで距離を詰めてくる。
それでも逃げることは諦めない。
走って、走って、走る。
体力の限界まで走り続ける。
どれくらい走っただろうか? 不意に地面が崩れた。
しまったと思った時にはもう遅い。足を滑らせバランスを崩す。そのまま前のめりに転げ落ちた。
背中から地面に叩きつけられる。息ができない。意識が飛びそうになる中、必死で顔を上げた。
鬼はすでに目と鼻の先に迫っていた。
恐怖で歯が鳴る。
だがここで死ぬ訳にはいかない。
震える手でポケットに手を入れた。
これは最後の手段だと父さんにも母さんにも言われた。だけど今の状況なら仕方ないだろう。
「……れろ」
指先に硬い物が触れる。
これを使えば俺の人生は終わるかもしれない。
だけど構わない。どうせ俺なんて……
「消えろぉおおおっ!!」
叫びながら引き金を引いた。
銃口から閃光が放たれ鬼の目を焼く。
「グガァアアッ!?」
突然のことに驚いたのか鬼は悲鳴を上げ後ずさった。やった! 効いてるぞ! だが喜ぶのはまだ早い。
鬼はすぐに体勢を立て直すとこちらに向かってきた。
俺は慌てて立ち上がると再び駆け出した。
とにかく今は逃げなければ。
「あっ……」
しかし運の悪い事に石ころに蹴つまずく。
当然、勢いのついた体は止まらない。
無様に転げ回るとそのまま車道に飛び出た。
そこに車が迫る。
ああ、終わった……。
絶望的な状況に死を覚悟した瞬間――
「危ねぇえっ!」
誰かの声と共に体が突き飛ばされた。
次の瞬間、車に撥ねられる。
何が起こったのか理解できなかった。
呆然としていると視界に一人の少年の顔が現れる。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう。助かったよ」
そう言って立ち上がろうとするが足がふらつく。
「おいおい、無理するなって。頭から血が出てるぜ」
言われて気づいた。確かに額から血が流れ出ている。
だが不思議なことに痛みはあまり感じなかった。アドレナリンが出ているせいだろうか? そんなことを考えていると少年が何かを差し出してきた。
「ほらこれ使えよ」
「え、でも君のだろ?」「いいって気にすんな。それより早く手当しないと不味いんじゃないか?」
彼の言う通りだ。
この場で応急処置をするべきだろう。
俺はありがたくハンカチを受け取ると傷口に当てた。
「それじゃ俺は行くけど気をつけろよ」それだけ言い残すと彼は去っていった。
「なんだったんだろう?」
俺は不思議に思いながらもその場を後にした。
その後、家に帰ると両親が泣きながら抱きついてきたのを覚えている。
結局、あの夜の真相は分からずじまいだ。
ただ一つ言えることは、あの時、俺を助けてくれたのは間違いなく彼だということだ。
◆
「おーい、起きろよ」「起きてるわよ」
「起きてんなら返事しろよなぁ」
「あなたこそ、寝ぼけてないでさっさと準備しなさい」
「へいへいっ!」
怜子の家から帰宅した俺は、ベッドの上で横になっていた。
理由は簡単。昨日の怪我が原因で熱が出たからだ。
「はぁ~、それにしても今日が休みで良かったぜ」
「本当よね。こんな状態で学校に行ったら何を言われるか分かったもんじゃないもの」俺は溜息を吐いた。
昨日、あんなことがあったというのに怜子は平然と登校するつもりだったらしい。
「それでこれからどうするつもりなんだ?」
「とりあえず警察に行くつもりよ。まだ捕まってはいないと思うけれど念のためね」
「……そうか、そうだよな」
俺は黙り込んだ。
どうやら彼女はあの怪物のことを警察に通報するつもりのようだ。
それは俺にとっても好都合だった。
怪物の正体が『鬼』だと知れば世間はパニックになる。
下手すれば自衛隊が出動して討伐に乗り出すかもしれない。
そうなればもう俺達の手でどうにかできる問題ではなくなる。
だが――
『もし、お前が望むなら力を貸してやってもいい』
ふと、昨晩のことを思い出す。
あの『声』は一体何者なのか? なぜ俺に力を貸そうとするのか? その目的は分からないが、俺は迷わず答えた。
「悪い。ちょっと待ってくれないか?」
「どうして? まさかあの化け物を庇う気じゃないでしょうね?」
「違う! そんなことしない! だけど少しだけ時間をくれ!」
「時間? どういう意味?」
「頼む! あいつをこのまま見逃してくれ! お願いします!」
俺はベッドの上に正座すると深々と頭を下げた。
「ちょっ、いきなり何を言い出すのよ!?」
慌てる怜子を無視して俺は続ける。
「このままじゃ、きっと大変なことになる! だから頼む! これはお前の為でもあるんだ!」
「私の為にって……どういうこと?」
「いいかよく聞け、あの怪物はこの先もっと大勢の人間を襲うはずだ。そして犠牲者が増えるたびに奴はどんどん強くなる。そしたら手が付けられなくなるぞ」
「でも、そもそもの原因はあなたのお父さんにあるんでしょ? なら責任を取るのは当然のことでしょう」
「確かに俺の父さんが鬼を作ったのは事実だ。だけど父さんはもういない。それに父さんは俺を鬼にしただけだ。それ以上のことはしていない。つまり父さんを恨むのは筋違いってもんだ」
「そんな理屈が通ると思っているの?」
「通すんだよ。とにかく俺はこれ以上、犠牲者を増やしたくないんだ」
「…………」
怜子はしばらく考え込むとやがて大きく溜息を吐いた。
「はぁ、分かったわ。あなたの言う通りにする。ただし約束して、絶対に無茶だけはしないと」
「ああ、分かってる。無茶なことはしない。約束する」
「本当に信用できないわね。まあいいわ、その代わりちゃんと守ってよね」
「ああ、任せとけ!」
そう言って胸を張る。
「ふふっ、なんだかあなたと話していると調子が狂っちゃうわ」
「悪かったな。だけど、これからは真面目にやるから安心しろよ」
「期待せずに待っているわ」
怜子はそう言って微笑んだ。
◆
「え? 先生が行方不明!?」
翌日、教室に入るなり担任の教師が失踪したことを告げられた。
「ええ、今朝になって家の方から連絡があったみたいで……」
「そんな、なんで急に?」
「分かりません。ただ、とても心配です……」
「大丈夫ですよ。きっとすぐに帰ってきますって」
「そうですね。皆さんにもよろしく伝えておいて下さい」
「はい、分かりました」
俺は不安げに去っていく教師を見送りながら思った。
あの人がいなくなったのは俺のせいだ。
昨日、俺があの怪物に喰われたせいだろう。
あの時、俺は死ぬはずだった。
だが、それを止めたのは紛れもなくあの人だった。
俺は拳を握り締めると心の中で感謝した。
◆
「なあ、ちょっといいか?」
放課後になり、帰ろうとする怜子を俺は呼び止める。
「何よ?」
「話があるんだ。屋上まで来てくれないか?」
「ここで言えないようなことなの?」
「ああ、大事なことだ」
怜子はしばらく沈黙していたが、やがて諦めたように溜息を吐く。
「はぁ、分かったわ。それじゃ行きましょう」
「ありがとう」
俺たちは校舎を出ると、そのまま屋上へと向かった。
「それで、何の話かしら?」
「実は昨日のことなんだが――」
俺は昨晩の出来事を包み隠さず彼女に説明した。
「――というわけなんだ」
「……信じられない。まさか、そんなことが現実に起こるなんて」
「信じてくれなくていい。でも、これが俺の本音だ」
「そう……なんだ」
怜子は俯いて黙り込んだ。
「……ねえ、一つ聞いてもいい?」
「ん? どうした?」
「その……『鬼』っていうのは人を食べるの?」
「ああ、もちろんだ。奴らは人間の血肉しか栄養にならないらしい」
「そう、じゃああの人も――」
「――ッ!」
俺は思わず息を呑んだ。
「――食べたのね」
「ああ、そうだ。昨晩、あの人は俺を助けるために自ら犠牲になった」
「……」「……」
再び、沈黙が訪れる。
「――あの」
「なに?」
「昨日のことなんだけどさ、お前に謝らないといけな――」「聞きたくない!」
怜子は叫ぶと、俺の言葉を遮った。
「な、なんだよ。俺はまだ何も言っていないぞ」
「言わなくても分かるわよ! あなたはあの人のことを庇おうとしているんでしょ!」
「ち、違う! 俺はそんなつもりは――」
「嘘よ! だってあなたはあの人を庇うつもりでいるんでしょ!」
「だから違うって! 頼む! ちゃんと話を最後まで聞いてくれ!」
「嫌よ! 私はあなたの口からそんな言葉を聞きたくはないわ!」
「怜子!」
俺は彼女の肩を掴むと強引に振り向かせた。
「頼む! ちゃんと話を聞いてくれ! 俺はお前の為を思って言っているんだ!」
「私の為って……どういうこと?」
「いいかよく聞け、あの怪物はお前が思っている以上に危険な存在なんだ。もし、お前が警察に通報すれば間違いなくあいつは捕まるだろう。そうなれば世間は大騒ぎになる。下手をしたら自衛隊が出動してあいつを討伐しようとするかもしれない。だが、それだけは駄目だ。あいつは俺が何とかする。だからお前は何も知らないフリをしていろ」
「……」
「なあ、怜子。これはお前の為にも必要なことなんだよ」
「……」
怜子はしばらくの間、じっと俺の顔を見つめていたがやがて静かに口を開いた。
「……分かったわ。あなたの言う通りにする」
「助かる。それともう一つ頼みがあるんだが、今日はもう帰った方がいい」
「どうして?」
「理由は後で話す。とにかく今は言う通りにしてくれ」
「……」
怜子はしばらく考えていたがやがて小さく溜息を吐いた。
「分かったわ。あなたを信じて帰ることにするわ」
「ああ、そうしてくれると嬉しい」
怜子は立ち上がるとスカートについた埃を払う。
「それじゃ私、先に失礼するわね」
「ああ、気を付けて帰れよ」
怜子は振り返ることなく屋上を後にした。
俺はその後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
「……ごめんな」
呟いた声は誰にも届くことなく消えていった。
セリフ
「はっ! はっ! はっ! はっ!」
人気のない夜の街を全力疾走する。
肺は裂けそうに痛み、心臓は爆発しそうだが止まる訳にはいかない。
きっかけは些細な好奇心だった。同じクラスの気になる女子、最近転校してきた逢麻怜子さんが夜な夜な繁華街を出歩いているという噂。
口さがない同級生は援助交際でもしてるんじゃないかと囁いた。それを信じた訳ではない。信じた訳ではないが気になって夜の街に繰り出してみた。
怜子さんは美人だから嫉妬した女子が流した誹謗中傷だろう。だから「とんだ無駄足だったな」と笑って今日を終える。そのつもりだった。
なのに――
「なんだ! なんだよあの怪物は!」
「ひぃいいいっ!?」
『ガァアアッ!』
眼前に突如として現れたのは異様に発達した手足を持つ人間大の熊のような化け物だ。
明らかに尋常じゃない。そんなものが夜の街で闊歩しているなんて異常事態以外の何者でもない。
逃げろ
「あ……」
本能的に走り出すも足がもつれて転んでしまう。
『グゥウ』
化け物がこちらに向かってくる。
殺される。あんなバケモノに襲われたら間違いなく死ぬ。
嫌だ、死にたくない。こんなところで俺は人生を終えてしまうのか? まだ
「まだやりたいこともやってないのに……!」
絶望的な状況の中、俺の中で何かが弾けた。
次の瞬間、俺は光に包まれていた。
「え?」
身体から力が湧き上がってくるような感覚。
そして目の前に迫る化け物の爪。それがまるでスローモーションのように
「遅いよ」
右手を振りぬくと同時に化け物は吹き飛んでいった。
「これは一体……」
自分の身に起きている現象が全く理解できない。
だが今はそれよりもやるべきことがある。
「怜子さん!」
それは怜子さんの安否確認だ。
無事かどうか分からない以上
「早く助けないと……!」
幸いにも化け物はすぐに起き上がった。
「うわぁあああっ!!」
恐怖に耐えきれず逃げ出したくなる気持ちを必死に抑えつけて拳を握る。
大丈夫、きっと間に合うはずだ。
「…………」
「えっと、お兄さん。何してるんですか?」
「……へ?」
振り返るとそこには制服姿の少女がいた。
「君は誰だい?」
「私は小鳥遊真希ですけど……。それよりお兄さんこそ何をしているんですか?」
「いや、ちょっと色々あってね」
「ふーん、まあいいですけど。それでお兄さんはどうしてここにいるんですか?」
「あ、ああ。実は君と同じ学校の女の子を探してて……」
「私と同じ学校ですか? 名前は分かりますか?」
「確か逢麻怜子って名前だったかな」
「逢麻怜子さんですね。少し待っていてください」
真希ちゃんはスマホを取り出し誰かに電話をかけ始めた。
「もしもし、お姉ちゃん? うん、今駅前にいるんだけどさ。そこで変な人を見つけちゃったんだよね。なんか全身黒ずくめで顔を隠してる怪しい人でさ」
どうやら電話の相手は妹らしい。
「うん、そう。だから警察に連絡して欲しいんだよね」
警察はダメだ! あれだけの巨体の化け物を普通の人間がどうにかできるとは思えない。
もし警察に連絡すれば被害が広がる可能性もある。
「うん、ありがとう。じゃあよろしくね」
通話を終えた真希ちゃんはこちらを見て言った。
「とりあえず、ここから離れましょうか」
「え?」
「話は後でしますから、ほら行きますよ」
「ちょっ!?」
半ば強引に腕を引っ張られる。
「真希ちゃん!そっちは危ないよ!」
「分かっていますけど他に方法はないでしょう? それに私の勘が正しければ多分この人は――」
少女の視線の先にいたのは先程の化け物だ。
『ガァアアッ!!』
「あ、やっぱり追ってきた」
「真希ちゃん、逃げるならこっちだ!」
「いえ、このままだと追いつかれます。ここは私が食い止めますからお兄さんは逃げてください」
「無茶だよ!」
「大丈夫ですよ、これでも鍛えていますから」
「だけど――」
「いいから行ってください!」
「っ!」
強い口調で言われて思わずビクッとしてしまう。
「あ、ごめんなさい。でも本当に心配しないでください。こう見えても結構強いんですよ、私」
「……分かった、気を付けて」
「はい!」
「おいで、ルーラー」
化け物に向かって駆け出す真希ちゃん。
「―――変身」
その呟きと共に彼女の身体が光に包まれる。
光が収まると同時にそこにいたのは黒いボディスーツに身を包んだ一人の戦士だった。
「な、なんだあいつは……」
「お兄さん、早く逃げて!」
「あ、ああ……」
呆然とする俺を尻目に真希ちゃんと化け物は戦闘を始めた。
「すげぇ……」
「グゥウウウッ!!」
『グォオオオッ!』
両者の力は拮抗していた。
「ガァアアッ!!」
『グゥウウ!』
拳がぶつかり合い、衝撃波が生まれる。
「すごい……」
俺はただ二人の戦いを見ていることしかできなかった。
「……」
「……」
「……」
どれくらいの時間が経っただろうか。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
『グゥウ……』
化け物の方は満身創痍で立っているのもやっとの状態だ。
対する真希ちゃんの方も息が上がっていてかなり苦しそうだ。
「くぅ……っ!」
『ガァ
「!」
しかし、それも限界が来たのか膝をつく。
「もういいよ、真希ちゃん! 君の負けだ、逃げてくれ!」
「……嫌です」
「なんで!」
「だってまだ、あの怪物を倒してないから」
「そんなボロボロで勝てる訳ないだろ!」
「それでも、やるんです」
「……」
「……」
沈黙が流れる。
「……分かった。俺も手伝うよ」
「え?」
「俺にも何かできることはあるはずだ。力を貸して欲しい」
「……分かりました。それでは私と一緒に戦ってください。ただし絶対に私の邪魔だけはしないでくださいね」
「了解だ」
「じゃあ、いきますよ!」
「ああ!」
『グアアアアッ!!』
「ハァアア!!」
再び戦いが始まった。
「ぐぁあっ!」
「お兄さん!?」
化け物の一撃を受けて吹き飛ばされた俺に真希ちゃんが叫ぶ。
「大丈夫だ、それより君は自分のことだけを考えていてくれ」
「……分かりました」
「さぁ、こい!」
「グゥウアッ!!」
飛びかかってくる化け物に拳を突き
「フンッ!」
殴り飛ばす。
「よし!」
思った通り、さっきまでとは比べものにならないくらい力が溢れてくる。
これならいけるかもしれない。
『ガァアアッ!!』
だが、化け物はすぐに起き上がり攻撃を再開する。
「くっ!」
避ける
「はっ!」
殴る
「てやっ!」
蹴る
「ふっ!」
ひたすら攻撃を捌いていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
しかし、こちらは体力の限界が見えてきた。
「お兄さん!一旦逃げましょう!」
「駄目だ、ここで逃げたらまた犠牲者が出る!」
「ですけど、このままだとお兄さんの方が持たないですよ!」
「くっ……」
確かにこのままだとジリ貧だ。
「どうすれば……」
「お兄さん、これを使ってください!」
真希ちゃんが投げたのは小さな
「これは?」
「それは一時的に身体能力を強化する薬です!それを飲めば少しは楽になるはずです!」
「なるほど、分かった!」
迷っている暇はない。
一気に飲み干す。
「……」
「どうですか?」
「あ、ああ。少しマシになった気がする」
「そうですか、じゃあ頑張ってくださいね」
「ああ」
「グォオオオッ!」
化け物が襲いかかってくる。
「フッ!」
先程よりも動きが遅く見える。
「オラァ!」
渾身の一撃を叩き込む。
『グゥ
「はぁああああああああ!!」
さらに追撃を加える。
『グォオオ……』
化け物は断末魔を上げて倒れた。
「はぁ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……」
『ガァア……ァ……』
「やった、のか?」
「みたいですね」
「そうか……」
勝ったんだ。
「……」
「……」
「お兄さん、やりましたね」
「うん」
「これで安心して暮らせますね」
「そうだな」
「お疲れ様でした」
「ありがとう」
「いえいえ、お礼を言うのはこっちの方ですよ」
「え?」
「だって、お兄さんのおかげで私も戦うことができましたから」
「そっか」
「はい」
「……」
「……」
「お兄さん、一つ聞いてもいいですか?」
「ん?なんだい?」
「どうして、あの時私を助けてくれたんですか?」
「どうしてって、そりゃあ困っていた人がいたら助けるだろ普通」
「……本当にそれだけですか?」
「え?」
「他にも理由があるんじゃないんですか?」
「……」
「……」
「まあ、なんというか……」
「なんですか?」
「君が俺の妹に似ていて放っておけなかったっていうのもあるかな」
「妹さんがいるんですか?」
「ああ、今年で中学二年生になる」
「へぇ、そうなんですか」
「それに君は俺が知っている女の子の中でも一番可愛いし、守ってあげたいなと思ったんだ」
「……本当ですか?」
「もちろん、嘘なんかじゃないさ」
「……」
「……」
「……嬉しい」
「え?」
「ううん、なんでもないです。それよりも早くここから離れましょう。さっきの化け物の仲間が来るかもしれませんから」
「そうだな」
「行きましょう」
「ああ」
「……」
「……」
「お兄さん、これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
こうして俺は不思議な少女ルーラーと共に暮らし始めることになった。
あれから一ヶ月が過ぎた。
「おはようございます、お兄さん」
「おはよう、真希ちゃん」
相変わらず俺たちの生活は平和だ。
「今日も学校に行ってきますね」
「行ってらっしゃい」
「はい、それでは行ってきます」
「気をつけてね」
「分かっていますよ」
あの後、真希ちゃんは近くの小学校に通うようになった。
俺も仕事を辞めて彼女の保護者として働いている。
「さてと、俺も朝ごはんを済ませようかな」
真希ちゃんが出かけた後、朝食の準備をする。
「いただきます」
今日のメニューは白米に味噌汁、目玉焼きにウィンナーといったシンプルなものだ。
いつものように一人で食べていると、テレビがニュースを流し始めた。
『次のニュースです。
「はい、なんでしょう?」
『先日、都内で怪物に襲われた男性の遺体が発見されました。この男性は近くの高校に勤めており、昨晩の遅くに帰宅したところ襲われたと見られています。警察の調べによると遺体は鋭利なもので切断されており、遺体からは人間のものとは思えないような体液が検出され
「ごちそうさまでした」
食事を終え食器を片付ける。
「よし、行くか」
身支度を整えて家を出る。
「いってきます」
誰もいない家に挨拶をして職場に向かう。
ナラティブ
「はっ! はっ! はっ! はっ!」
人気のない夜の街を全力疾走する。
肺は裂けそうに痛み、心臓は爆発しそうだが止まる訳にはいかない。
きっかけは些細な好奇心だった。同じクラスの気になる女子、最近転校してきた逢麻怜子さんが夜な夜な繁華街を出歩いているという噂。
口さがない同級生は援助交際でもしてるんじゃないかと囁いた。それを信じた訳ではない。信じた訳ではないが気になって夜の街に繰り出してみた。
怜子さんは美人だから嫉妬した女子が流した誹謗中傷だろう。だから「とんだ無駄足だったな」と笑って今日を終える。そのつもりだった。
なのに――
「なんだ! なんだよあの怪物は!」
首だけ後ろに向ける。
夜の暗闇の中、異形の姿が忽然と浮かび上がった。それは二本足の蛸のようだった。胴体から六本の触手が伸びていて、触手の先端にはそれぞれ眼球がある。
そして何より目を引くのはその頭部だ。
顔が二つあるのだ。それも人間のものではない。明らかに人間ではない。
つまり――あれは人間じゃない! 怪物はゆっくりと近づいてくる。まるで散歩しているかのように悠然として、しかし確実に俺との距離を詰めてくる。
俺は必死で逃げる。死にたくない一心で走り続ける。
だがすぐに限界が来た。体力の限界ではなく恐怖によって足がもつれて転倒してしまう。
怪物はもう目の前にいた。
二つの頭が同時に喋り出す。
《ようやく見つけたぞ……》 《我等が契約者よ……》 《汝の身を以て我らに力を示せ……》 《我等の願いに応えよ……》 《今こそ契約を果たす時……》 《今こそ契約を果たそう……》《さあ我が力を受け入れろ……》 《さあ我が器となり供物を捧げよ……》 《その命を以って契約に従い対価を支払うがよい……》 《さあ喰らうが良い……》 《さあ喰らい尽くすが良い……》 《さあ喰らえ!》《さあ喰らおう!》 二つの声が重なり合って響き渡る。
その時になってようやく気付いた。この怪物は二匹いる。二匹の怪物がいるのだ。
蛸のような化け物は俺に向かって手を伸ばす。
逃げられないと思った瞬間、意識が途切れた。
◆目を覚ますとそこは学校の保健室だった。
窓から朝日が差し込んでいる。どうやら一晩中眠っていたらしい。
身体を起こすと酷い頭痛に襲われた。
昨晩の記憶がほとんどない。
確か夜の街を歩いていて……それから? 頭を押さえながら考える。
そこでふと思い出した。
そうだ。俺は二体の怪物を見た。
蛸のような化け物とそれに付き従うように歩くもう一つの顔を持つ化け物を。
その後のことを思い出そうとするも、頭痛のせいで思考がまとまらない。
仕方なくベッドから起き上がり教室に向かうことにした。
教室に入るとすでに登校していた怜子さんが話しかけてきた。
怜子さんとは席が近いこともありよく話す仲だ。
怜子さんの態度を見る限り昨日の出来事は知らないようだ。
当然といえば当然だろう。あんな怪物を見かけたなら大騒ぎになっているはずだ。
怜子さんと話しているうちに徐々に記憶が戻ってきた。
怜子さんが転校してきたこと。
怜子さんが援助交際をしているという噂。
怜子さんが夜な夜な繁華街に出かけているという噂。
噂はあくまで噂でしかなく真実ではなかった。
怜子さんは真面目な性格でそんなことをする人ではないし、夜に街を出歩いている姿なんて一度も見たことがない。
昨日のことは夢だったのだろうか? 俺は自分の頬を思いっきりつねってみた。普通に痛い。どうやら夢ではなさそうだ。
それならばあの化け物は一体なんだったのか? 謎は深まるばかりだ。
◆放課後になり校舎裏に行くと逢麻怜子が立っていた。
怜子は俺を見つけるなり近寄ってくる。
怜子の方から俺に声をかけてくるのは珍しい。
怜子は俺の顔を見るとなぜか驚いたような表情を浮かべた。
何かあったのだろうか? 少し不安になる。
だが怜子の反応はすぐに消えた。いつもの怜子に戻っている。
怜子に訊ねてみることにする。
昨日の夜、俺は何をしたのか? なぜ俺は怪我をしていたのか? すると怜子は信じられないことを言った。
逢麻怜子と自分は同じ存在なのだと。
逢魔ヶ刻動物園第一話 逢魔ヶ刻動物園 その1
俺の名前は佐藤和真と言います。
年齢十六歳、職業は学生です。
先ほどまで、アクアという自称女神と一緒に異世界へと送られ、魔王を倒してこいと言われました。……えっと、ちょっと待ってほしい。……うん、まあ、とりあえず落ち着こう。
まずは冷静になろうじゃないか。
ここはどこかと言えば、日本にある公園だ。
時刻は夕方であり、学校帰りの学生達が大勢いる。
目の前には、長い黒髪の美少女が立っている。
彼女は俺と同じ学校の制服を着て、その背中には黒い翼が生えていた。
そして俺は、彼女の後ろで地面に倒れている。……うん、状況を整理しようか。
俺はついさっき、見知らぬ場所に転送された。
そこには俺と同じく、この世界に召喚されてきた連中がいた。
彼ら彼女らは全員、人間ではなく、背中から羽が生えた人間ではない種族だった。
彼らは俺達を見て、人間ではない、敵だと叫んでいた。
俺は、連中と戦う事になった。
相手は人間ではないのだ。
武器もない状態で勝てるわけがない。………………。
──よし、落ち着いた。俺は立ち上がり、目の前でこちらに杖を向けて構える少女を睨みつけた。
こんな事になったのは、全てあいつのせいだ。
あいつがバカな事をしなければ、こんな事にはならなかったんだ。
そう、あれは数時間前の出来事。
俺は学校から帰宅している途中、突然謎の光に包まれた。
気がつけば、そこは薄暗い森の中。
周囲には俺と同じように、背中から羽が生えている人間が数人いた。
どうやら全員が、こことは違う世界から召喚されたらしい。
そして、俺達の前には一人の女の子が現れた。
その子は、俺達に告げた。
あなた達は選ばれた勇者である。魔王を倒してほしいと。
いきなりそんな事言われても困る。
俺が困惑していると、その女の子は、俺に向かって魔法を放った。……その攻撃を受けて、俺はこの公園で倒れていたという訳だ。
その少女は、俺に向けて杖を構え、詠唱を始めた。
この距離で魔法を使われたら避ける事もできない。
俺は死を覚悟して、目を閉じた。
──だが、いつまで経っても衝撃も痛みも感じない。
不思議に思って目を開けると、そこには俺を守るように立ちふさがっている人物がいた。
その人物は、俺を庇うように両手を広げ、目の前にいる黒髪の少女を睨んでいた。
それは、俺がよく知っている人物であり、俺が今一番会いたくない人物であった。
彼女は、俺の方を振り返らず、小さな声で呟く。
カズマさん。危ないので、下がっていてください。……どうしよう。この状況は非常にヤバい。
何がヤバイって、俺とめぐみんが対峙している、この状況をどうするかだ。
そう、目の前には、俺の仲間にして最弱職の冒険者、めぐみんがいる。
どうしたものかと迷っていると、めぐみんが俺の前に出た。
俺の方に振り向き、真剣な顔で言う。……私は、爆裂魔法の他にも、上級魔法を習得しています。私を仲間に加えれば、魔王を倒す為の力になれるでしょう。……どうか、私を連れて行ってください。
俺は、その言葉を聞きながら、内心では焦っていた。
まずいまずいまずい! 俺は、アクアが言っていた言葉を思い出す。
──あなたが元の世界に帰る方法は一つだけ。私が魔王を倒したら、あなたを送り返せるわよ。
つまり、俺が魔王を倒しても、アクアが倒しても、結局俺は元の世界に帰れるという事だ。
俺の頭の中はパニックになっていた。
めぐみんは、俺の仲間であり、パーティーメンバーでもある。
彼女がいれば、俺の生存率は大幅に上がるだろう。
だが、ここで彼女を仲間に引き入れてしまったら、俺は帰れなくなる。
俺は、まだやりたい事があるのだ。
俺の頭の中には、元の世界でやり残した事がいくつもある。
このままだと、俺は元の世界には戻れない。
だから、俺は考える。
どうすればいいのかと。
すると、俺の脳裏に天啓が閃いた。
そうだ、こう言えばいいのだ。
俺は、隣に立つめぐみんに言う。
おい、お前の事は、もう要らないから。
──その瞬間、俺の隣にいた紅魔族が、凄まじい速度で駆け出した。
俺は慌てて後を追う。……まずい、今のはまずかった。
俺は、背後から聞こえてくる轟音を聞きながら、全力で走った。
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