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ある怪物の兄の話(Fate/Grand Order 二次創作 オリ主)




 それは弟が名工が造った迷宮に送られる前夜。
 視界の端で蜘蛛や羽虫を捉えながら弟が入れられた牢の前に立つ。薄暗くじめりとしたその場所はとてもではないが快適とは言えない。そういう場所に閉じ込めて対象の体力や気力を奪うのも牢の役目だからだ。
 石畳の上に座り込んでいる弟。その頭頂部から生える一対の角が異形の存在だと雄弁に物語っていた。
 外見だけではない。神罰の結果生まれた弟は成長に伴って膂力を増大させ、物を破壊したり人に怪我をさせるようになった。
 まだ幼いと言える年齢でそれである。制御出来る兆候も見えず手を焼いた父は牢に閉じ込めた上で工匠に迷宮を造るように命じた。元凶の一人とも言え、死罪もやむをえない程に王の怒りを買っていた工匠は一心不乱に取り組み、遂に先日広大な牢獄が完成した。

「……」

 握り締めた手の甲で軽く青銅製の格子を叩く。頑丈と言えば頑丈だろうが弟がその気になれば力づくで破る事も出来るだろう。けれど弟は大人しく牢の中にいる。
 皆に迷惑をかけたくないのだろう。迷宮に閉じ込める時も父の命には従うに違いない。
 健気だ。それだけならこの扱いは理不尽だと父に抗議しただろう。

「あにうえ……」

 こちらの存在を認めた弟が口を開く。
 交錯する視線。こうしているといやがうえにも幼い眼差しの奥に潜む狂気を感じ取ってしまう。
 本能的に恐怖に襲われて身構える。それは被捕食者が捕食者に抱くもの。分かってしまうのだ。弟は長ずれば大きな災いを齎すと。

「ぼくは、どうして……」

 寂しさと疑問、救いを求める感情が入り混じった目がこちら見つめる。

「――」

 心を鷲掴みにされたような衝撃が全身を走るが、出せる回答は一つしかなかった。

「どうしてこうなったのかだと? 簡単だ。お前が怪物だからだよ、ミノタウロス」

 アステリオスとは呼ばない。きっと、本当の名前で呼んでいいのは弟を救える者だけだ。
 アステリオス。父とは血の繋がらない義祖父の名。父はそれを同じく血の繋がらない子に与えた。そして忌み嫌いつつも殺すのではなく閉じ込める事を選択した。望まれなかった生まれだろうと弟は疎まれるだけの存在ではない。
 けれど、それは救いにはならない。結局命を奪わないだけで人間として生きる道を与える気はないのだから。

 父も最初から幽閉するつもりではなかった。どこまで情があったかは分からないが、仮に皆無だったとしても己の不始末に対処する姿勢を見せなければ王としての沽券に関わる。
 だが方々に手を尽くしたものの解決策は見付からなかった。生まれ持った性質を変えるという事は空を飛ぶ鳥に魚のように海を泳げと言うようなもの。ただの人間ならまだ希望はあったが弟の場合は神の権能が絡んでいる。優れた魔女である母や叔母でさえも無理だと断言した。それをもって弟の運命は決した。

 謝罪など口に出来る筈がない。
 謝った所で弟を助ける事は出来ない。改善を伴わない謝罪に誠意はない。それは糾弾から逃れたいだけの醜い自己保身。こういう思考さえ、安易に謝る輩とは違って相手の事を慮っているという言い訳と、正面から向かい合う事からの逃避にすぎない。

 弟は俯いて体を震わせる。わざわざこんな所まで会いに来て辛辣な言葉を浴びせる自分は大層酷い奴だ。意識せず溜息が零れる。

「ちちうえと、おなじこと、いってる。ぼくは、かいぶつ?」
「そうだよ。親が畜生なのに人間である訳がないだろ」

 お前は人間だと、家族だと言う事も出来た。自分だって祖父は牡牛なのだからと笑い飛ばす事も出来た。だが、それならどうしてこんな目に遭うのかと問われれば何も言えない。

「悪をなしていずれ英雄に倒され、その生涯を彩る栄光の一欠片になる存在。それがお前の在り方だ。黄金の王の時代から変わらない一幕。そこに疑問を挟む必要も意味もない」

 お前は怪物だ。
 親に捨てられるのも冥い迷宮に閉じ込められるのも人を食らうのもお前が怪物だから当然の事なんだ。
 だから、だから、お前は苦しまなくていい。罪の意識を抱かなくてもいい。

「……俺が英雄になるのも一興か。この島の守護神たる巨人を使えばやってやれない事はない」

 自分の無力さを突きつけられているようで焦燥したから、とりとめのない事を口にする。
 これから先、弟は多くの嘆きを生む。憎悪を向けられる。そうなる前に殺してやるのが優しさなのかもしれなかった。
 ここに来たのも本来ならその為だった。しかし牢に近付くにつれてその覚悟は薄れ、対面した時には完全に霧散していた。

 額に汗が浮かんで頬を伝う。手足も湿り気を帯びて視線が不規則に乱れる。対峙して確信した。無理だ。
 出生が出生だけに嫌忌された弟の面倒を見た事もある。だから優しい心を持っている事を知っている。遠からず怪物の性に飲み込まれるかもしれないが、今はまだ一線を越えてはいない。
 そして越えても自分が罰する事はないだろう。自分には弟を害せない。……しかれどもそれは凶行の放置を意味する訳ではない。
 人間なら罪深い行いを「怪物なのだから」という理屈で肯定するのなら、「怪物は英雄に討たれる」という理屈も肯定しなければならない。
 いずれ英雄に殺されるがその時までは生きてほしい。残酷で押しつけがましい願いだが偽らざる本心だった。

「さて、帰るか」

 不意に海が見たくなった。ここにはいたくなかった。弟の存在を煩わしいと感じるようになるのは心苦しかったし、既にそうなっている兄弟姉妹と会うのも辛い。
 牢に背を向ける。弟は何も言わない。

「……ちっ」

 呼び止められない事に安堵してしまった。





 打ち寄せる波を砂ごと蹴り上げる。舞い上がった海水と砂が風に煽られて顔にかかった。みっともない。
 嫌になる。自分も弟も、生まれてこなければ良かったと幾らか本気で考える自分が。
 ただ生きる事。それだけの事が難しい。
 生命活動を維持するだけなら苦もない。だが、人生において何かを成さねばいてもいなくても大差ない。仕事に従事して糧を得、家族を、ひいては国を守る。多くの人間が当然のようにやってきた事が出来ない。身近な相手の苦しみさえ取り払えない。

「我が祖の一柱たるポセイドンよ、お答えください! 何故このような無慈悲な仕打ちを与えたのです!」

 叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
 島に住む者にとって大いなる恵みをもたらす海を司るポセイドンへの畏敬を忘れた事はない。けれどこれはあんまりだ。
 罪の証を見せつけて父を苦しめたかったのだろうか。妹を孕ませたのもその一環? それが子孫にする事か? むしろ係累だからこそ裏切りが許せなかったのか。思考が堂々巡りをして纏まらない。

 自分は不義を犯した側でも罰を下した側でも罰を受けた側でもない。だからこそ激情を持て余す。
 発端が父なのだから海神だけに怒りの矛先を向けるのを道理が通らないと理性が阻む。さりとて家族に怒りを向けるのは精神が疲弊する。天性の魔として生み出されてしまった弟には同情して助けたいと思うのに、意識の片隅で王子として国民を守る為に排除しろと嘯くものがある。

 悶々とする中、ふと頭をよぎるものがあった。
 誰でも知っている勇者の物語。神の加護を授かって数々の苦難を乗り越え、形のない島の怪物を討伐した英雄。
 かつては勇者に憧れていたが今は違う。むしろ退治された側に感情移入してしまう。被害者でありながら加害者となった怪物は弟と似ていると思った。
 怪物は討伐に赴いた多くの若者を屠り最終的には肉親すら手にかけた。この物語を知ると皆は口々に怪物は残虐だと言う。
 結果から言えばそれは否定出来ない。けれどもそれだけではない筈だ。同じような境遇の身だから受ける印象も変わる。
 心も体も変貌しても怪物はギリギリまで耐えたのだろう。肉親の女神も逃げ出さずに見守り続けたのだろう。

「……」

 まあ、そうであってほしいという願望かもしれないが。美しい家族愛の物語で己を慰めたい程に参っている。





 弟が迷宮に送られてからしばらく経った後、アテナイの王からマラトーンで暴れる魔獣の退治を依頼された。
 あまりに滑稽すぎる話だ。
 当初は罪人を迷宮に送っていたが数には限りがある。自国民を生贄に捧げるのは体裁が悪いから他国を侵略して“餌”を確保すると父は言い出した。本来なら諫めるべきだったのかもしれないが自分は「それも良いでしょう」と答えた。揃いも揃って王族としての使命より身内の情を優先させたのだ。そんな人間がどの面を下げて人助けをするというのか。
 ただ、真っ当に生まれたのに生を謳歌出来ずに殺される人間がいると知って放置するのも気分が悪い。故にその魔獣の詳細を聞かずに引き受けた。

 今更人間としての幸せを掴んでほしいとは口が裂けても言えない。
 弟は父や自分が望んだとおり怪物となった。ここから人間になったとしても一生苦しむだけだ。
 そろそろ諦めなくていけない。迷宮に閉じ込めて以来抱えていた未練を断ち切って挫けるのだ。自分は弟を救えなかったのだと。
 心が軋む。弟は人間として生きたかった筈だ。それを無視して怪物であれと押し付けた。
 命じられたと言える余地を与える事が罪から守る事に繋がると考えたが、自分が楽な道を選んだだけなのかもしれない。おそらく他者を言い訳に使って少しでも無様さを糊塗しようとしている。
 魔獣退治を引き受けたのは八つ当たりの側面もあった。

――そして怪物を生み出した者として報いを受ける時が来た。

 魔獣というのは正確には一匹の牡牛だった。そしてその白い体躯には見覚えがある。父が王権の象徴として求め、しかしその勇壮にして美しい姿からそれ以上の欲に走らせた存在。
 かの大英雄に一度捕獲された後に解き放たれたと聞いていたが、再び相まみえるとは思わなかった。運命の三女神の介在を感じずにはいられない。犠牲になる者を軽んじてきた自分にそれを思い知らせようとする配剤だろうか。
 牡牛は猛る。我が子を虐げた人間だと理解しているのか、それとも誰が相手でもこうなるのかは分からない。

「……そうか」

 持ってきた武具を放り投げる。
 自分にはこの牡牛を殺せない。
 迷宮の奥深くにいる弟がこの場の事を知る術はないし、牡牛を見逃す事で犠牲になる人間の事を思えば自己満足にすらならない。ここで自分が死んでも事態は何一つ好転しないと分かっているのに逃げる気力も湧かない。生きる事が酷く億劫で、有り体に言えば何もかも投げ捨てたかった。無力感を味わわせられるのにも疲れた。
 共に困難に立ち向かえるほど真摯ではなく、無関係だと割り切る冷淡さもなければ、悲劇に酔えるほど図々しくもない。ちゃちな良心と自尊心で中途半端な生き方をしてきたから踏み止まる寄る辺がない。

「兄貴のくせに弟を守れない駄目な奴にはお似合いの末路かもしれない」

――それに、見たくないものを見ずに済むから弟より先に死ぬのは魅力的だと心の片隅で思った。

「不相応な願いや野心を持っていた訳じゃない。あらゆる事が自分の思い通りにならなければ嫌だという子供じみた我が儘もない。ただ家族と幸せに暮らせればそれで良かったんだがな。……上手くいかないものだ」

 突進してきた牡牛が圧し掛かってくる。巨体に踏みつけられればそれだけで致命傷。内臓が潰れたのか血が口の中にせり上がってくる。
 本来なら激痛に喘ぎ苦痛から逃れようと足掻くのだろうが、骨が砕ける音と臓腑が潰れる音がどこか他人事のように聞こえる。
 刻一刻と体から命が抜け落ちていき、混濁した意識の中でありえざる光景を見た。

 石でも木でもない建物の中に弟はいた。
 緑髪の青年が竪琴を奏でる中、弟の隣では紫髪の少女が和やかに微笑み、熊の姿をした何かがその紫髪の少女に飛びつこうとして豊満な女性に抱きかかえられ、その後ろで獣のような耳をした女性が困ったように顔を押さえながら首を振る。それを見て顔に大きな傷痕の残る女性がおかしそうに手にした器の中身を飲み干す。
 少し離れた場所では弟の隣にいる少女と瓜二つの少女が彼女達を成長させたような風貌の背の高い女性の膝の上に腰かけておかしそうに状況を眺めていた。
 と、薄桜色の髪の少女と橙色の髪の少女が平べったい容器に食べ物とおぼしき物を載せて部屋に入ってくる。一同は彼女等を歓迎し思い思いに声をかけながら食べ物を取っていく。
 弟もそれを手に取って口に頬張って破顔。それは自分でさえ殆ど見た事のない笑顔だった。誰かと一緒に何かを食べて笑い合う。そんなありふれた姿がなにより嬉しかった。

 これはきっと夢だろう。都合の良い幻覚。こうなればよかったという妄想。
 それでも、この光景が現実になればと願わずにはいられなかった。












雷光と女神はいいぞ!
アステリオスの兄にあたるアンドロゲオスの話でした。3章プレイ後に途中まで書いてHDDの中で眠っていたのを源頼光さん実装に伴い発掘。
アステリオスと牛御前の環境の差異は面白い。牛の怪物が生まれたという点では同じなんだけども、クレタ王家では身内が殺すのを躊躇って他人(テセウス)が殺し、源さん家では女官の須崎が逃がしたのを父の命で兄だか弟だかのらいこうさんが殺したというね。
そんな訳で前々からFGOにも出ないかな~と思ってた。でも頼光=牛御前でゴールデンのママになりたいってのは予想外すぎる。

つーかぽんぽことらいこうさんがあれだと他の源氏、例えば鎮西八郎為朝とかどんなキャラなんだろう。兄上も風評被害が加速しそう。

話をアンドロゲオスに戻すが、最初は失意のまま死んでたけどそれだとあんまりなのでラストを加筆。3章の味方側サーヴァントで固めてみた。死の間際じゃなければマーリン並に狂喜乱舞してた筈。
「契約しよう。我が死後を預ける。その報酬を、ここに貰い受けたい」的な文言を書きたくなる衝動をなんとか封印。

牛君から見るとオリオンが甥でキャス子がいとこ。ギリシャ神話の連中って本当意外な所で繋がってる。3章ではキャス子、オリオンとの絡みが見たかったな。エウリュアレ絡みのネタはまずやると思ったんだが……

このSSを書くにあたって色々調べたけどミノス王は牛に好かれすぎてる。作中でちょっと触れたけど父親は牛に変身したゼウスだし、グラウコスとポリュイドスの逸話によると1日に3回色が変わる牛を持ってたらしい。
そしてアステリオスの話の後で孫のイドメネウスの逸話を調べると「うわぁ……」となること請け合い。彼の苦悩は察するにあまりある。


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テーマ : Fate
ジャンル : アニメ・コミック

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